広報を超えて、社会の「当たり前」をひっくり返す。BP&Co.が取り組む「パラダイムシフト戦略」とは

BP&Co.代表の三間です。

最近、私は、自身のルーツである「障害者(※)のきょうだい」として、「広報」という概念を超えた「パラダイムシフト」を起こしたいのだとコアな想いを再認識しています。

※本記事では、法令上の表記との整合性や、読み上げソフトでの可読性を踏まえ、「障害者」と表記しています。表記にはさまざまな考え方があることを認識したうえで、当社として意図的に選択しています。

ただ、この「パラダイムシフト戦略」は、まだ構想段階であり、社会実装に向けた検証はこれからです。そこで、まずは私自身が現在立ち上げを進めている事業の現場で、この考え方を実践し、「パラダイムシフトを起こす要素は何なのか」を仮説検証していきたいと考えています。

では、この記事では、私がなぜ、「パラダイムシフト」にこだわるのか、その理由を綴ってみたいと思います。

社会課題を「知ってもらう」だけでは、社会は変わらない

私は、妹が障害者であることで、自然と関心事になったのが、「障害のある人とない人が共に生きる社会」でした。ここ10年ほどで「障害者」などのマイノリティの存在自体は、かなり知られるところとなりました。それは、私の体感覚としても、当事者の発信者が増えたことで、社会の中で、以前ほど「全く知られていない存在」ではなくなってきたと感じていて、それはとても喜ばしいことです。

「障害者を取り巻く環境を改善したい」という社会課題のみならず、何らかの強い社会課題意識があり、その改善に取り組む人たちは、私も含めて、これまで何度も「まずは知ってもらうことが大切だ」と言ってきました。

そのために、私も「きょうだい映画」を作りました。まずは、障害のある子どもとその家族が経験する困難や、日々の暮らしについて、知ってもらう必要がある、と。「こういう人たちがいるのだ」と知ってもらうことは、社会を前進させる一歩であることは間違いないとの確固たる信念を持って。

けれど、やってみたからこそ、それだけでは不十分なのだ、と痛感したのです。

どんなに「存在」としての認知が広がっても、社会の中にある「イメージや価値観」が変わらなければ、人々の行動や企業の意思決定は変わらないのです。

例えば、「障害者(とその家族)は可哀想」「障害者は社会が支えなければならない存在」「障害者の面倒を見るのは大変」といった固定観念です。

本人や家族が、支援の不足によって大きな困難を経験することは事実です。私自身、障害のある妹と一つ屋根の下で暮らすなかで、綺麗事では済まされない現実を経験してきました。

しかし、その困難を本人の属性として、「障害者は可哀想」「面倒を見るのが大変」と固定化することは違います。困難だけが社会に伝われば、障害のある人が持つ意思や個性、可能性まで見えなくなってしまうからです。

少なくとも私は、家族の一人として、妹が家族だけに頼るのではなく、必要な支援や制度を利用しながら、地域の一員として自分の望む暮らしを選べることを願っています。障害のある本人が自分らしく生きられることによって、その家族もまた、一人ひとりが自分自身の人生を選択できる。そんな社会を実現したいと思っています。

そうした「障害があっても、地域の一員として本人が望む暮らしを選べる社会」を目指すとき、ただ単に”存在を知ってもらう”では不十分なのです。

BP&Co.が目指しているのは、情報を広めることだけではなく、社会がその存在を見る“前提”そのものを変えることです。

「障害者といえば〇〇」が変わること

私は、障害のある人が「支えられるだけの存在」として見られる社会から、社会を共につくる一人として尊重される社会へ変えていきたいと思っています。

私は、妹と生きる中で、何度も自分の「当たり前」を揺さぶられてきました。妹の存在がなければ、社会課題にこれほど向き合うことも、映画をつくることも、パラダイムシフト戦略を構想することもなかったと思います。

それは、妹が誰かを感動させたり、社会を啓発したりする役割を背負っている、という意味ではありません。彼女が彼女として生きている。その人生に触れた私の側が、社会の見方を問い直されたのです。

障害のある人を、「支えられるだけの存在」に閉じ込めない。納税額や生産性によって、自らの価値を証明させない。けれど同時に、社会を共につくる一人として、その人の経験や視点が持つ可能性を見落とさない。

「支えてあげる人」と「支えられる人」に社会を分断するのではなく、一人ひとりが互いに影響を与え、価値を生み出していく存在として出会い直す。

障害のある人を支援の客体ではなく、社会を共につくる主体として捉える。私は、そこまで社会の見方を変えることを、この社会課題における「パラダイムシフト」と呼びたいのです。

BP&Co.が考える「パラダイムシフト」とは

つまり、BP&Co.が考えるパラダイムシフトとは、単に新しい情報を広めることではありません。それまで社会の中で当然とされていた見方や価値観が揺らぎ、別の見方が、新しい「当たり前」として受け入れられていくことです。私個人の事例としては「障害者を取り巻く環境」についてでしたが、これは一例に過ぎず、他の社会課題や「固定観念」として広まっているものも含まれます。

たとえば、以下のような変化です。
「障害者は支援される存在」から「価値を共につくる存在」へ
「マイノリティへの配慮」から「多様性が社会を豊かにする」へ
「社会課題は一部の人の問題」から「企業や生活者が共につくる未来のテーマ」へ
「広報は活動を知らせるもの」から「社会の認識と行動を変えるもの」へ

人は、正しさだけでは動かない

社会課題について、正しい情報を伝えることは重要です。
けれど、人は正しさだけでは動きません。

知らなかった人生に触れたとき。誰かの言葉が、自分の記憶や痛みとつながったとき。心の奥に眠っていた感情や感性が呼び起こされたとき。その時、人は初めて、「自分にも関係がある」と感じます。

その感情の動きが、人と人をつなぎ、企業を動かし、やがて社会の流れになります。
だからこそ、「ストーリー」が大事になるのです。
本人の意思と同意を前提に、そこで働く一人ひとりのこれまでの人生・得意不得意・人間としての魅力を掘り起こし、伝えていく。正しさだけではなく、ユーモアや親しみやすさを感じさせる形で。
手段はたくさんあります。映画、SNSもメディアアプローチも、大企業とのコラボも。むしろ、あらゆる形で社会を巻き込んでいかなければ、パラダイムシフトは起こりません。

だから私たちは、ストーリーを単なる伝達手段ではなく、社会変革を起こす力として捉えています。

パラダイムシフト戦略の仕組み

BP&Co.が捉えるパラダイムシフト戦略の工程を示します。これを実際に立ち上げ検証し、ノウハウを蓄積した際には、これこそがBP&Co.の主力事業となると確信しています。

  1. 社会に存在する古い価値観を特定する
  2. 新しい「当たり前」を言語化する
  3. 本人の意思と尊厳を尊重しながら、当事者や現場にある物語を発見する
  4. 誰に、どの順番で、どのような理解や共感を届けるかを設計する
  5. 映画・広報・SNS・Web・書籍・広告などを連動させる
  6. 共鳴する個人・企業・メディアをつなぐ
  7. 一過性の話題ではなく、事業や行動の変化として定着させる

映画、広報、SNS、Webマーケティング、書籍、広告は、それぞれ別の施策ではありません。一つの価値観を社会へ浸透させるために、異なる人へ、異なる深さで届けるための接点です。BP&Co.は、それらを個別に制作するのではなく、社会の認識が変わっていく一つの流れとして設計します。

現在進行形の実践を始める

私は現在、障害のある人と共に、商品やサービス、表現、企業との協働を通して、新しい価値を生み出す事業の立ち上げを進めています。

目指しているのは、障害のある人を支援するためだけの場所ではありません。本人の意思や得意を尊重しながら、一人ひとりが社会を共につくる主体として参加できる事業です。

そうした実践を積み重ねることで、「障害者は支援されるだけの存在」という社会のイメージを変えていきたいと考えています。

これは、まだ完成された成功事例ではありません。現在進行形の挑戦です。

この実践を通して得られた学びを、関係者の意思と尊厳を尊重し、必要な手続きを踏んだうえで、BP&Co.の「パラダイムシフト戦略」の構築にもつなげていきます。

変革に挑戦する人や企業と、共につくりたい

障害、LGBTQ+、難病・医療をはじめとするソーシャル分野には、まだ社会に十分届いていない声や経験、可能性があります。

私たちがご一緒したいのは、それらを一時的な話題づくりで終わらせるのではなく、当事者の尊厳を守りながら、継続する事業として育て、社会の価値観そのものを変えようとしている人や企業です。

多様な生き方が尊重され、共鳴する人同士がつながり、そのつながりから社会変革が生まれる。

BP&Co.は、その最初のきっかけと、変化が続いていく流れをつくります。

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